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茶野隆行引退。
プロデビューから観続けた、同い年の選手。

去年の最終戦は、プロ選手としての彼を観るのは、もう最後になるかも知れない。そんな覚悟を持ってゲームを観ていた。鬼気迫るプレー、試合後の表情、久々に見た茶野旗。「そう言う事」なんだろうと思った。

選手権では怪我もあったし、市船トリオの中では、得点王の森崎、ユース代表の主力の和裕の影に隠れ一番地味な存在だった。目立ったのは、やっぱりあの髪型くらい。けれど、入団後すぐに、右の和裕と共に左サイドバックとして起用されると、着実に出場機会を増やしていった。

派手さは無いけれど、確実に相手を潰すクラッシャー。
先輩の阪倉さんや、五十嵐さんにも近い、J世代だけど、古河っぽい渋いディフェンスも感じるプレーだった。

攻撃で輝くことは少なかったけれど、強い印象に残っているゴールがある。
三連敗で迎えた、2001年の博多の森。
ジェフの躍進は、あの延長戦の彼の一撃から始まった。

地味なままに終わるかに見えた経歴が、突如輝き出したのはオシム監督時代。
当時代表のジーコ監督が観戦する御前で決めた得点からだろう。
縁の無かった「代表」の肩書きが、彼に加わる事になる。

しかし、一方でジェフの中での居場所は急速に無くなっていっていた。 
水本の台頭。安定したプレーを見せる大輔。そして、中央に君臨するイリアン。
磐田への移籍の理由は、村井のそれとは違ったものだった。 

それでも移籍後、初めて対戦したあのヤマハでは、感情のままに強烈なブーイングを浴びせもした。
そして、移籍と共に、プレーを観る事は少なくなった。 
けれども、田中誠や、鈴木秀ら、同世代の磐田のディフェンス陣が健在な中でも、彼の輝きは失われはしなかった。

ジェフに戻って来たとき、既に2004年当時から衰えを見せていたスピードは、勢い任せに挑んで来るJ2の攻撃陣を抑えきる事は出来なくなっていた。それでも、ゲームに出た時の熱さは、むしろ若い頃を上回るかのようだった。

ジェフをJ1に戻すことは叶わず。
ほとんど出場機会にも恵まれなかった2011年は、彼の言葉通りに不本意なものだったろう。燃やし残した想いがあるからこそ、移籍先を探してもいたのだろう。しかし、区切らなければならない時が来た。

最終戦は、彼の集大成がプレーの一つ一つに込められていたように思う。
35歳。人生の約半分。17年の彼のプロサッカー人生。最初から最後まで観させて貰った。
サポーターとして、本当に楽しませて貰った。 
お疲れ様でした。ジェフを選んでくれて、そして戻ってきてくれてありがとう。  

そして、茶野隆行は、まだまだこれから。
指導者を目指すと言う彼の挑戦を応援したいと思うし、いつか彼が育てた第二の茶野隆行をジェフに送り込んで欲しいと思う。 頑張れ。頑張っていこう。

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